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最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)48号 判決 1994年4月22日

上告人

前田頼市

阿江美光

山本忠治郎

前田正誼

前田覚巳

剱物義則

仲埜弘志

宇野のぶ子

右八名訴訟代理人弁護士

藤木邦顕

髙橋典明

被上告人

西脇市

右代表者市長

石野重則

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人藤木邦顕、同髙橋典明の上告理由について

都市計画法(平成二年法律第六一号による改正前のもの)一二条の四第一項一号の規定に基づく地区計画の決定、告示は、区域内の個人の権利義務に対して具体的な変動を与えるという法律上の効果を伴うものではなく、抗告訴訟の対象となる処分には当たらないと解すべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨はすべて採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告代理人藤木邦顕、同髙橋典明の上告理由

第一 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一 原判決は、上告人らの本訴請求を却下すべきものと判示し、その理由として、被上告人が昭和六一年一二月一二日に告示した郷瀬地区計画(以下本件地区計画という)が、右地区計画区域内の個人に対する具体的権利侵害を伴う行政処分であるとはいえないこと、及び法が告示により効力が生じた地区計画自体が抗告訴訟の対象となりうることを当然の前提となるような規定を設けていないことをあげている。

しかしながら、原判決の右判断は、本件地区計画の行政処分性に関する解釈を誤った結果、行政事件訴訟法第三六条が規定する行政処分の無効確認の訴えが認められるべき本件につき、これを認めなかったものであり、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

第二 本件地区計画告示の処分性について

一 地区計画・地区整備計画の策定手続

地区計画は、市町村が決定する都市計画において、当該都市計画区域内の一体として整備及び保全を図るべき区域について、道路、公園等の地区施設、建築物等の整備並びに土地利用に関する計画(地区整備計画)を定めるもので、地区整備計画には地区計画の目的を達成するため必要な地区施設の配置及び規模、建築物の用途、敷地等に関する制限が定められる(都市計画法第一二条の四)。

地区計画の策定は、地区計画が本来、比較的狭い地域を単位として地域の実情に添った都市づくりをすすめるために設けられたものであって、市町村長が手続条例を作成した上で、利害関係を有する者の意見を求めた上で案を作成し、市町村長による告示をすることとなっている(都市計画法一六条二項、二〇条)。

このような利害関係人の意見を聞くべきことは建築基準法第四六条の壁面線の指定について利害関係人の聴聞を行うことと共通するところがあり、土地所有者が、地区計画の策定によって権利の制限を受けることを予定したものである。

また、地区計画は他の都市計画同様告示を要するものとされ、利害関係人他一般に周知されるべきものと位置付けられている。地区計画が全く行政の内部行為であれば、これを告示する必要はなく、計画地内の権利者に対してさまざまな制限を与える行政処分であることを示している。

そもそも、一連の手続を経て完成される計画は、形式的には個々の権利者を名宛人としておらず、先行的行為の直接・特定の影響が個人の私権利益に対する即時最終的変動に至らない場合であっても具体性があり、これを救済する事件としての成熟性が認められる限り、行訴法三条二項の「処分」にあたるというべき(大阪高判昭和六三年六月二四日判決)である。

この観点から右判決では、第二種市街地再開発事業における事業計画決定に処分性が認められており、土地収用法上収用採決に至らない段階である「事業の認定」(土地収用法第二〇条)についても、取消訴訟が認められている(東京高裁昭和四八年七月一三日判決)。

土地収用法第二〇条の事業の認定をみれば、建設大臣、都道府県知事は申請に係る事業が

一 同法第三条各号にあたること

二 起業者が当該事業を遂行する充分な意思と能力があること

三 事業計画が土地の適正合理的利用に寄与するものであること

四 収用、使用の公益上の必要があること

を審査するものであり、いわば事業の内容が法の要件を満たしていることを確認しているに過ぎない。

そして、事業認定にあたっては、土地管理者、関係行政機関、学識経験者の意見を求めるが(同法二一、二二条)、利害関係人の意見書の提出や、公聴会は必要的ではなく、壁面線の指定に比しても処分手続の色彩は薄いものとなっている。

控訴審判決は、地区計画について不服申立手続がないことを処分性否定の理由にするかのようであるが、第二種市街地再開発事業における事業計画決定(都市再開発法第五四条一項)、右収用法二〇条の事業の認定についても、それぞれの行為についてのみ独立した不服申立手続が定められているものではない。

行政処分でありながら、不服申立手続が設けられていないのは、法の不備であり不服申立手続がないから行政処分でなくなるというのは本末転倒というべきである。

二 本件地区計画の概要

本件地区計画については、地区整備計画が同時に定められており、「住工協調地区」、「住商協調地区」、「工業地区」と各区分された地区ごとに、「第二種住居専用地域」、「住居地域」、「準工業地域」への用途変更が行われ、建築物の用途及び形態又は意匠の制限が定められ、かき若しくはさくの構造についても制限が課されている。また、本件地区計画については、前記各地区の区分及び予定道路について、詳細な計画図面が作成され、上告人ら地権者の所有する各土地が、それぞれ建築物の用途の制限を受け、予定道路の一部に含まれる等の権利制限を受けるに至っている。

上告人らが、従来主張してきたように、本建築計画は、地区整備計画が定められており、地区整備計画は、後記別表の如きさまざまな建築物、土地利用に関する制限を加えるものである。乙第四号証「地区計画の手引」七九頁に地区整備計画が地区計画の方針に従って関係権利者の権利を制限すると位置付けている通りである。但し、処分性を認める程度に関係権利者に対して直接的影響を及ぼすと言うためには、地区整備計画で定められた内容がいかなる方法によって実現されるか検討されなければならない。

都市計画法は、(1)開発許可の基準と位置付ける(同法三三条)、(2)建築物の建築その他の行為につき、市町村長に届出を義務づけ、地区計画に適合しない場合勧告することができるとする(同法五八条の二)、(3)道路位置指定を地区計画に従って行う(同法六八条の四)、(4)予定道路の指定を行う(同法六八条の四)という方法を予定している(乙第四号証九〇〜九八頁)。

このうち、(1)開発許可の基準についてみれば、同法三三条一項五号により、「当該申請にかかる開発区域内の土地について、地区計画(当該土地について地区整備計画が定められているものに限る。)又は、沿道整備計画が定められているときは、予定建築物等の用途又は開発行為の設計が当該地区計画、又は沿道整備計画に定められた内容に即して定められていること」とされており、同法二九条により開発行為の許可を受けようとする者にとっては、地区整備計画に定められた事項につき、一般的な禁止の処分を受けたこととなる。かかる場合、地区整備計画は当該対象地域のみにおいて、開発行為許可基準となるのであり、一般的な法令による基準設定とは異なる対物的処分としての性質を有するので、前記最高裁昭和六一年六月一九日判決における壁面線指定と同じく処分性を認めるべきものとなる。

(2)の届出勧告制度は、その制度自体何らかの処分を定めるものとはいえない。また、(3)予定道路の指定、(4)道路位置指定については、別途それぞれの指定行為を経て建築基準法上の制限を生ずるものであるが、建築主事としては、「建築関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止」するため、(3)、(4)の各指定行為が行われる以前においても、道路の配置を定めた地区整備計画に従って、これに反する建築物について建築確認をおろさないこととなる。現に、上告人山本忠次郎について建築確認申請を取り下げさせているところである。

建築確認は、建築物の建築等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が建築関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であり(最高裁昭和五九年一〇月二六日判決民集三八巻一〇号一一六九頁)、地区整備計画の存在は当然、右建築関係規定として建築確認の基準となっている。この場合、地区整備計画は、一律の基準ではなく、対象地域(道路配置にあっては当該道路予定地)のみについて種々の制限を設けるものであり、この意味でも対物的処分としての性質をもっている。

前記(2)の届出勧告制度、(3)、(4)の各指定に至らない場合の建築確認を通じての規制は、いずれも法律行為とは言えないにせよ、地区整備計画が公定力をもって関係権利者に権利侵害をもたらすものであり、かかる準法律的行政行為、事実行為であっても取消訴訟の対象となる「処分」となることについては前記大阪高裁昭和六三年六月二四日判決の指摘するところである。

いかなる程度内容の影響をもって処分性を画するかは、もとより立法政策ないし政策的考慮により解釈すべきことではあるが、抗告訴訟が、行政行為について生ずる公定力に基づき生じた権利・利益侵害の事後的救済を目的としていることと人権保障の観点に照らせば、右影響の内容態様の点でまず形式的に限定してしまうことは相当でなく広く解するを相当とする、という右大阪高裁判決に従って、地区整備計画を定めた地区計画について処分性を認めた上、実体審理により、上告人らの権利侵害救済に努められることを希望する。

三 行政計画の処分性に関する最高裁判例について

1 各種の行政計画ないし行政計画に効力を与える行為が抗告訴訟の対象となるかという問題、すなわち行政計画の処分性に関しては、以下の二つの最高裁判決がそのリーディングケースとされている。

(1) 四一年最高裁判決

その第一は、最高裁昭和四一年二月二三日判決(民集二〇巻二号二七一頁。以下、単に四一年判決という)である。右判決は、土地区画整理事業計画の無効確認訴訟において、計画の処分性を否定したが、その論拠とするところは要約すると次の六点である。

① 土地区画整理事業計画は、高度の行政的、技術的裁量によって一般的・抽象的に決定する。

② 特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、権利変動も具体的に確定されているわけではない。

③ 当該土地区画整理事業の青写真たる性格を有するにすぎない一般的・抽象的な単なる計画にとどまるものであり、これに対する訴えは争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠く。

④ 爾後の一定の制限は、法律が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるものであって、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とは言えない。

⑤ 一連の手続を経て行なわれる行政作用について、どの段階で出訴を認めるかは立法政策上の問題である。

⑥ 事業計画の決定ないし公告の段階で訴えの提起が許されないからといって、土地区画整理事業によって生じた権利侵害に対する救済手段が一切閉ざされるわけではなく、後続の処分に際して訴訟提起が可能である。

右多数意見に対しては、五人の裁判官の有力な反対意見がある。

反対意見はその論拠として、

① 土地区画整理事業計画が一般的性質の処分であるとしても、それは直接、具体的に個人の権利を侵害するものであり、そうである以上、行政訴訟の対象とすべきである。

② 事業計画が策定されると、爾後の手続が機械的に進行するので、計画決定の段階で争わせる現実的意味がある。

という正当な指摘を行なっているほか、奥野裁判官はさらに、「付随的な効果であるとしても、いやしくもそれによって違法に個人の権利が侵害される限り、事業計画そのものに対して、違法処分による権利の救済を目的とする行政訴訟が許されないとする理由はない」とし、後続処分で争えるという点についても、「先決問題として計画の違法を主張しうるというのであれば、それ以前でも無効を主張せしめてしかるべきであり、そうしえないというのであれば、救済の道を閉ざすことになる」と述べている。

(2) 五七年最高裁判決

第二のリーディングケースとされているのは、最高裁昭和五七年四月二二日判決(民集三六巻四号七〇五頁及び判例時報一〇四三号四五頁の二つ。以下、二つあわせて、単に五七年判決という)である。

この五七年判決は、ひとつは用途地域計画の変更に関するものであり、他は高度地区指定の決定に関するものであるが、両者ともに、地域指定の決定は、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上、新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を省ぜしめるものであることは否定できないが、「かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず」、爾後に、「建築の実現を阻止する行政庁の具体的処分をとらえ、取り消しを求めることが可能」であることを理由に処分性を否定したのである。

(3) その後の最高裁判決の変化について

右二つのリーディングケースとされた判決の後、最高裁は、最高裁昭和六〇年一二月一七日判決(民集三九巻八号一八二一頁)では、土地区画整理組合の設立許可行為につき、処分性を認め、さらに最高裁昭和六一年二月一三日判決(民集四〇巻一号一頁)では、市町村営土地改良事業の施行認可につき、処分性を認めるに至った。

右二つのケースは、いずれも下級審においては、前記四一年判決の線に沿ってその処分性が否定されたものであるが、最高裁は下級審の判断を覆してその処分性を承認するに至ったのである。

さらに、最高裁平成四年一一月二六日判決(昭和六三年(行ツ)第一七〇号事件)でも、公告された再開発事業計画の決定は、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすとして、その行政処分性を認めるに至った。

2 学説の多くは、前記四一年判決の反対意見と同様に、行政区画の処分性を否定する四一年判決の多数意見に批判的であり、処分性を肯定しようとするものが多いが、四一年判決、五七年判決の論拠に対しては周知のとおり、多く批判が投げかけられている。

これを本件に則して述べれば次のとおりである。

(1) 付随的効果論

四一年判決が処分性否定の論拠の一つとした付随的結果論が誤りであることは明らかである。同判決において、奥野反対意見も付随的効果論を批判しているが、ある行為が契機となって(付随的とはいえ)効果が発生するものとされ、そしてその行為のみが当該効果を発生させることができる仕組みになっているのであれば、それはその行為によって生じる効果と解するのが当然であり、この契機となる行為の違法・適法が判断されてしかるべきである。したがって、付随的効果であるということは処分性を否定する論拠にはなりえない。

(2) 青写真論

行政計画がその性質上、「青写真」たる性格の部分を持ちうることは当然であるが、四一年判決の原告も、本件の上告人らも、青写真であろうが、単なる予定であろうが、その性質なり呼称のいかんにかかわらず、計画が作られていることにより、事業が進捗していないのに、現実に具体的な制限等の不利益が生じていることを主張しているのである。

したがって、計画実施の結果、初めて上告人らに具体的な不利益が生ずるという性格のものでない以上、単に「青写真」であるということで、その処分性を否定する論拠とはなしえないのである。

(3) 後続行為訴訟可能論

残る後続行為に対する訴訟において、計画の違法性を判断できることを理由に処分性を否定する考え方についても、四一年判決の反対意見をはじめ、多くの学説が批判するように、「できる」ことは「それのみでしなければならない」ことと同義ではない。

このような後続行為判断論は、紛争の具体的状況と当事者の主張を顧みない全くの形式論である。さらに、完結的計画における後続行為として例示される行為は(例、用途地域計画と建築確認)、計画進行過程において、法上当然予定されているものではなく、個人の事情によってはあるかも知れないといった意味での「後続」行為であることがあり、行政計画の遂行過程で第一議的に念頭におくべきものではないものでありうるということに注意が必要であろう。

さらに、後続行為についての判断においては事情判決が懸念されるが、それにとどまらず、後続行為を争おうとする時点では、既成事実の積み重ねにより計画の事実としての「定着」があり、違法とされる余地が減少するので、事情判決さえ出されなくなるおそれもあるのである。

(4) 高度の行政的、技術的裁量性

四一年判決が論拠とする裁量性についてであるが、裁量性があることのみでは適法・違法の判断が困難になる場合のあることはともかくとして、処分性を否定する根拠にはなりえないことは自明の理である。

(5) 一般処分性

前記五七年判決は、既に批判した後続行為訴訟可能論とともに、「地域指定の決定は、当該地域内の土地所有者等に」「新たな制約を課し」「その限度で一定の法状態の変動を生」ぜしめることを認めながら、「かかる効果は…法令が制定された場合におけると同様の…不特定多数の者に対する一般抽象的なそれにすぎ」ないとした。

これに対しては、四一年判決の反対意見が述べる通り、一般的性質の処分であっても、それによって直接、具体的に個人の権利を侵害するものである以上、具体的不利益を主張する者に対する成熟性の判断にあたって、紛争の成熟性を否定する論拠にはなしえないのである。

3 以上述べたところから明らかな通り、行政計画の処分性を否定した前記最高裁の四一年判決及び五七年判決は、処分性を否定する論拠のすべてについて、もはや正当性を有しないというべきである。

そもそも、計画にかかる紛争というものは、結局のところ、将来における法効果または不利益の発生を未然に予防することを目的として生じているものである。違法判断が可能なときに、その判断ができないとすれば、計画を定め、それを国民に知らしめる公告や告示の意義の大部分を没却してしまうことになる。更に、行政法令は、立案にあたる主管省庁がわかれ、立方作業も緊急を要する場合があり、全体としての整合性は必ずしも万全とはいえない。したがって、ある法令では、抗告訴訟を前提とする規定がおかれ、他の法令では、それが欠落しているという法大系全体の不備がある。そのような中で、不服申立の手続が規定されていない場合には、その行政処分性を否定するという原判決の判断は、前記の通り本末転倒の議論である。

本件では、地区計画に伴う地区整備計画により、用途地域の変更が行われ、建築物の用途及び形態または意匠の制限が定められ、かき若しくはさくの構造についても制限が課されている。

上告人らは地区計画告示の段階で、既に建築物の設置、土地の売買等につき、現実の制限を受けているのであり、後続行為である建築制限条例が制定されず、道路位置指定が未実施であっても、既に個々の上告人に対する具体的侵害が生じているのである。

本件が地区計画実施の結果ではなく、地区計画自体の違法性を主張する事案であることをも勘案すれば、本件地区計画に処分性を認め、その違法・適法を現時点で判断すべきである。

第三 本件地区計画策定の経過<省略>

第四 無効原因の存在<省略>

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